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〜嘘と本音と背中の温もり〜


「…いったい、これはどういうことなのか、誰か、説明してくれないか?」
 室内の惨状を前に、しばし茫然自失していた宗介は漸くそれだけ口にした。しかし、それに応えようとする者は誰もいない。
 ここはセーフハウス――つまり、かりそめの相良邸内のリビングルームである。今その床には累々たる屍の山…もとい、だらしなく酔いつぶれたクラスメート達の体がそこかしこに転がっていた。しかも何故か男共は皆一様に鼻の周囲を血で汚している。一瞬何かの細菌兵器の存在を疑ったが、どうもそうではないようだ。第一男だけにそんな症状が表われるというのは考えにくい。それに、どいつもこいつもやたら幸福そうな顔をしているのはなぜだ?
――どういうことだ?
自分が不在の間、一体何が起こったのだろうか?宗介は頻りに首を捻る。

 本日は文化祭の最終日であった。さまざまな紆余曲折はあったものの何とか無事に終え、では打ち上げをしようということになった。しかし、如何せん喫茶店の黒字幅は小さく、例えばカラオケ店で騒いだりするには資金的に無理があった。そこで次善の案として出されたのが誰かの自宅に飲食物を持ち込んで騒ごう、というものだった。それならば場所代がかからない分、飲食物に予算をかけられるという寸法である。
 こうした場合、必然的にその舞台として選ばれるのは“独り暮らしをしている者の家”である。2年4組で言えば、千鳥かなめか相良宗介の家ということになる。宗介は自邸をその場所として提供することを自ら申し出た。喫茶店の収益が思うように上がらなかったことにいくばくかの責任を感じていたことと、千鳥の家に大勢の男子生徒が上がり込むというのが何となく気に入らなかったからだ。
 無論提案が決定事項になると、宗介はすぐさまセーフハウスに赴き、各種セキュリティシステムを解除し、迂闊に触れられたり見られては困るものはすべて寝室に運び込んで厳重に施錠した。そうして急いで学校に取って返すと、千鳥かなめ以下クラスメートの主だった者にいくつかの注意事項を伝え、先に始めていてくれるように促すと自分は学校に残った。宗介には《安全保障問題担当生徒会長補佐官》としてやるべきことがまだ残っていたからだ。そして各種トラップの排除等諸々の後片づけを終え、皆に遅れることおよそ80分後、セーフハウスに戻った宗介を待ち受けていたのがこの惨状だったのだ。


「うーん…」
 宗介の足元で1人の男子生徒が呻き声を上げた。うつ伏せになったその体を抱え起こすと、それは風間信二だった。やはり鼻から出血したらしく――もうその血痕は乾きかけていたが――だらしなく口元を緩めている。そして胸には愛用のカメラを大事そうに抱えていた。
「風間!?どうした?この有様は一体…?」
「あー、相良君…ごめん。僕はその、一応、止めたんだけど、みんなが…」
 どうやら風間はさほどアルコールを摂取していなかったらしく、思いのほか意識はしっかりしているようだった。だがしどろもどろに話すその内容はどうにも要領を得ない。何か言いにくいことをどう伝えるか考え倦ねているような口ぶりだった。
「そう言えば…千鳥はどうした?」
 思い出したように宗介は言った。何と言ってもかなめは学級委員である。こうした場合最も頼りになるはずの存在だった。
が――


「ソースケぇー、もー、遅いわよぉ」
 どこかろれつの回らない口調で言いながら、ふらふらとキッチンのほうから缶チューハイを片手に表われたのは、他ならぬかなめだった。しかも何故か水着姿である。
「ち、千鳥!?その格好は…?」
 宗介は驚いて抱えていた風間を取り落とす。風間は床に頭をしたたかにぶつけ、短い呻き声を上げた。だが宗介もかなめもそんなことにはまったく頓着せず、しばし見つめ…もとい、睨み合う。かなめの目はもう完全に座っていて、宗介の少し非難がましい視線を受けても少しも怯まない。結局宗介のほうが先に視線を逸らした。根負けした、というより、正視に耐えられなくなったのだ。
 かなめの水着姿を目にするのは本日2度目である。1度目はそう、先刻執り行われた『ミス陣代高校コンテスト』の際のことで、そのときは格好云々よりも普段の彼女らしからぬ振る舞いに驚いたし、また審査員という重大な任務を帯びていたこともあってまだ冷静でいられた。だが今度は完全な不意打ちである。しかもアルコールを帯びたかなめの肢体は全身桜色に色付き、何とも艶めかしい雰囲気を醸し出していた。落ち着かないどころかこれ以上見続けていたら頭がどうにかなってしまいそうだった。
 しかしかなめはそんな宗介の態度が気に触ったらしい。
「なんれ目ェ逸らしてんのよ?そんらにこのカッコがイヤらの?あらしらしくないから?」
 などと言いつつ、ふらふらと宗介のほうに歩み寄ってくる。宗介は思わず後じさった。しかしその行動はかなめをさらに怒らせる結果になった。
「なんれ逃げんのよ!こらっ!」
 よろよろとしつつも宗介に掴みかかり、空いているほうの腕でスリーパーホールドの体勢を取る。そのままがっちり決まりかけ、宗介はじたばたと藻掻いた。が、横っ面に押し付けられた暖かな、そして柔らかくも弾力に富んだものの正体が何であるかに気付き、そのままフリーズ。何故か一時的に呼吸の方法を忘れたようで全く息ができない。心臓は限界を超えた速さで脈打ち、体中を煮え滾った血が狂ったように駆け巡る。気が遠くなり、ひょっとして自分はこのまま死ぬかもしれない、と、そう思った矢先、ずるり、とかなめの腕が滑り、支えを失ったかなめは足元に横たわった風間に折り重なるようにして倒れ伏した。宗介の流す大量の汗で滑ったものらしい。
「ぐえっ!」
 かなめの体で押しつぶされた風間はそんな悲鳴を上げるが、それでもどこか幸せそうな顔つきで己の運命を受け入れているようだった。それがやはり宗介には気に入らない。一時のショックから素早く立ち直るとかなめの手を取り、些か乱暴に引き起こした。
「千鳥、しっかりしてくれ!」
 が、かなめはむっとしてその手を振り払い、
「痛いじゃないの!もう、触らないでよ!あんたなんか…あんたなんか大っ嫌い!」
そう叫ぶと、へなへなとその場に頽れるとそのまま動かなくなった。
「ち、千鳥!?」
恐る恐る顔を覗き込む宗介に、かなめは
「うっさい、ばか…大嫌い…」
そう毒づくとすうっと寝入ってしまった。
――大嫌い、か…
 頭の中をかなめの叫び声がこだましていた。なぜかひどく胸が痛んだ。
「あの、相良君…?」
 だいぶん落ち着きを取り戻したらしい風間がおずおずと声をかけてきた。
「ご、ごめんね?ちょっとみんな、羽目を外しすぎちゃって…」
「ああ。そのようだな。…教えてくれ。いったい何があった?」


 宗介に身も凍るような視線を浴びせられ、風間が語ったことによると――
 最初のうちはみんなも節度を守り、おとなしく(?)騒いでいた。かなめも当初は世話役に徹し、料理を作ったり自分の部屋から持ってきたCDを掛けたりと、場を盛り上げることに気を使ってもいた。そのうち誰かが持ち込んだアルコール類が徐々にその場を乱していった。千鳥も誰かの過失かあるいは故意に仕向けたのか、ジュースと間違えて缶チューハイを口にし、見事に酔っぱらってしまった。千鳥かなめというストッパーを失った2年4組の面々は乱れに乱れていった。
 そして何かの拍子に誰かがミス陣高の話を持ち出すと、小野寺とかなめの間でちょっとした言い争いになってしまった。小野寺にしてみればせっかく自分が推薦したのに、しかもほとんど優勝は確実と思われたのに、事もあろうにクラスメートである相良の裏切り行為でおじゃんになってしまったというのが悔しかったらしい。いったいあいつは何を考えているのだ、という。対するかなめは当初宗介を弁護するような形で、それなりの理由があったのだからと抗弁していた。
『じゃあ、その理由ってのは何だよ?』
『らから、ホントのあらしらしくないっていうか…』
『ああ?…ばかか?ホントのお前らしくやってたらもっとダメじゃん!』
『な、なんれすって!?あらしの、ろこがらめらっていうのよ?』
『らめらめ!らめじゃねーって言うんなら見せてみろよ。ホントのお前ってやつ』
『言っらわね?よし!見てなさい!』
 正に売り言葉に買い言葉で、勢いづいたかなめは止まらない。その場で制服を脱ぎ捨てて水着姿――どうやら忙しさのあまりコンテストの後そのまま上に制服を着込んでいたらしい――になると自前のCDをかけ、歌い、踊り出した。
 JBの〔Sex Machine〕を。
 そう、かなめの大好きなJBの、あの“げらっぱ”である。それはある意味かなめらしいといえばらしいのだが…

 だがこの〔Sex Machigne〕という曲、JBのようなファンキー大統領が歌って踊るのであれば、見る人は「やーね。くす」くらいの反応で済むのだが、かなめのような若くて可愛い、ましてやスタイル抜群の娘が、しかも水着姿で歌って踊るとなると些か、いや、かなり問題があるのだ。
 酔いも手伝って舌っ足らずな口調で「げらっぱ」だの「せくすましーんぬっ」だのとJBばりにソウルフルに歌いながら、下半身をくねくねと何とも卑猥に振り動かす。さらに片手を頭の後ろにつけてもう一方の手を前に差し伸ばす、いわゆる“お誘いポーズ”をしながら「すうぃーはっ、あぁはん!」などとやられた日には堪ったものではない。さらにかなめが若い頃のJBが興に乗るとそうしたように前後開脚までやってのけると、あちこちで男共が鼻から血を噴き出させて昏倒し、みるみる屍の山を築いていった。女子連中も、こちらは男子の様子を見て大いに笑い転げ、やがて疲れ果てて寝入ってしまった――


 聞き終わって宗介は頭を抱えた。
――では、これは俺の所為か?
 自分の取った行動が原因で結果的に小野寺がかなめを侮辱することになってしまったのだとしたら、やはり責任は自分にあるような気がした。これでは誰も責めるわけにはいかない。
「そうか、分かった。…ところで風間」
「なに?」
「…酔った人間の言うことは本音なのだそうだな?」
さっき彼女は言ったのだ。俺のことなんか大嫌いだ、と――
「いや、でも…酔っぱらいのたわ言っていう言い方もあるから、あまり気にしなくても…」
宗介の沈うつな面持ちを見て何事か察した風間が慰めの言葉をかける。
 だが、今日の自分の行いを――無論あの判断は間違っていなかったと確信してはいるが――彼女は本当に納得してくれていたのだろうか?あんなふうに陰で1人泣かせるつもりなど決してなかったのだが、と、宗介は今さらながら気に病む。あの後彼女は笑ってはくれたけれど、もしも思いのほか彼女を深く傷付けてしまったのだとしたら、嫌われても仕方がないかもしれない…そう思った。

「うぅーん…」
 かなめが苦しげに呻いた。宗介は我に返り、再びかなめのほうへと手を伸ばしかけ、逡巡する。嫌いだ、と言われた自分が彼女に触れて良いものかどうか躊躇ったのだ。だがこのままでは風邪をひく。
「…千鳥、家まで送る。歩けるか?」
「うー…ムリぃ。おぶってよ」
「承知した。…しかし、俺で、良いのか?」
「あー?なんれ?」
「君はさっき俺のことを、嫌いだと…」
「はあ?らにいっれんの?ばっかじゃない?ほらぁ、おんぶぅ!」
「わ、分かった」
 かなめがまた怒り出す前にと、宗介が慌てて背中を向けると、すぐにかなめがおぶさってきた。むにゅっ、と、背中にあの柔らかく弾力のある胸が押し付けられ、宗介はどぎまぎする。ふと気付くと、風間がにやにやしながらこちらを見ていた。
「…風間。千鳥にそこの上着をかけてやってくれ」
「あ、うん、分かった」
 かなめに上着をかけてやりながら、風間は余計なところに手を触れたらしい。途端にかなめが目を吊り上げて喚いた。
「ちょっと!どこ触ってんのよ!?」
「ご、ごめん、わざとじゃ…」
「気安く触んないでよ!もう…ソースケじゃなきゃ…ダメなんだからね」
 最後のほうは辛うじて聞き取れる程度の声でかなめが言った。
「な、何?千鳥、今何と言った?」
 あるいは聞き違いかと思った宗介のその問いに、だが返事はない。どうやら寝入ってしまったらしかった。
「…………」
――今のは、どういう意味だろうか?
言葉通りに捉えるならば、彼女に触れて良いのは自分だけだ、ということになる。しかし――
「ま、そういうことなんじゃないのかなあ?」
まるで宗介の心を読んだかのように風間が言った。宗介はその風間をじろりと睨め付け、
「…風間、そのカメラの中のフィルムは処分しろ」
冷え冷えとした声でそう言った。
「ええっ?なんで?」
「とぼけるな。…千鳥を、撮ったのだろう?」
「う…」
「全部とは言わん。だが千鳥の分だけは処分しろ。いいな?」
「わ、分かった」
「その言葉を違えると高い代償を払うことになるぞ」
 最後にドスの利いた声でそう言い含めると、宗介はかなめをおぶってセーフハウスを後にした。


 道を挟んだ向こう側に、かなめのマンションはある。かなめを護衛するに当たって、その近さは都合が良かった。だが今はその近さがいっそ忌々しく感じる。かなめはずっと背中で安らかな寝息を立てていて、時折自分の首に回された腕に力が込められる。何だかそれが妙に嬉しかった。だからもう少し、こうしていたいと思った。
 宗介はまた先刻のかなめの言動を反芻する。自分を大嫌いだと言い、また触れて良いのは自分だけだとも言った。いったいどっちが本音なのだろう?いずれの場合もかなめは酔っていて、だから余計に分からない。
――だが…
今感じているこの背中の温もりは紛れもない真実で…だからもう、どうでもよい――宗介はそんなふうに思った。


天空の欠片/流沙様より頂きました。
なんと自分の描いた拍手絵に沿ってお話を作ってくださりました!!
拗ねてるカナちゃん激カワユイのですが・・・!!そうですか、宗介じゃなきゃダメですか。そうですか。(何ですか)
キャラクターの台詞がイキイキしてて躍動感があり凄くステキです。
特にちろりさんの元気の良さがなんともいい感じに出てて、弾けんばかりで!
個人的にラストのワンシーンがしみじみほのぼのしてて、幸せな気分ですv
あのようなアホ絵をよくココまでステキに仕上げてくださりました!感激!